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祝!ソロ・デビュー 脇田もなり「IN THE CITY」リリース記念で利き酒にチャレンジ

「怖がってた自分がバカらしいと思った」-脇田もなり、復活までの日々-

脇田もなり「IN THE CITY」特集企画の後半はインタビュー。Especia脱退から今日にいたるまでに去来した想いやソロデビューへの意気込みを語ってもらいました。

ソロ活動を発表したのっていつでしたっけ?

脇田発表したのは(2016年)9月1日です。

2ヶ月ちょっとぐらいですね。

脇田そうですね。

一人でやるのは慣れてきましたか?

脇田発表した時はお披露目の日にちも決まってニュースも出させていただいたので9月23日までの短くて長い時間が不安で、気持ちが大変でした(笑)

お披露目が星野みちるさんのイベントのオープニングアクトでしたが、久しぶりにステージに立った感想は?

脇田私が、急に消えたというか、何も言わずにグループを辞めちゃったので一人でやることになった時に受け入れてくれる人がいるのかな?っていう不安があったんですけど、周りの人にすごく勇気づけてもらって。実際に代官山UNITに出たら自分が思ってた以上に「待ってたよ」って言ってくれるファンの方が多くて、帰ってきて良かったなって思いました。

ファン以外の人たちからはどんなことを言われました?

脇田「おかえり」とか「何かあったら相談してね」とか、優しい声ばかりかけてくれて…。怖がってた自分がバカらしいぐらいに(笑)受け入れてもらえないのを前提に考えてたので。こんなに待っててくれてる人もいたんだっていうことに気づかされました。

その辺りをネガティブに考えるのはもなりちゃんらしいよね。

脇田そうなんですよ。超ネガティブですよね、私。

東京に出てきてからはどれくらいなんですか?

脇田半年ぐらいですかね。

東京での暮らしはどんな感じですか?

脇田東京は近くに友達や家族もいないので最初はすごく心細かったんですけど、だんだん一人でどうにかしなきゃっていうのが強くなってちょっと自立できました。喋れるようになったりとか…

喋れるようになった?

脇田自分からも会話を振って喋ったりすることができるようになりました。人見知りがなくなってきたっていうのが正しいかもしれない。

最近行った場所とかお気に入りの店とか、東京生活的なことはありますか?

脇田ハロウィンの前くらいに上京してから初めて東京ディズニーランドに行きました。

twitterに載せてたやつかな?

脇田はい。そこで初めて仮装してディズニーランドを歩いて、日帰りで家に帰るって不思議な感じになりました。

それって不思議なの?

脇田高校生の時は夜行バスに乗ってディズニーランドに行って、帰りも夜行バスだったんですけど、大阪でUSJに行くみたいなノリでディズニーランドに行けるっていう変な感覚を味わいました。

たしかにそれは東京や関東に住んでないとできないか。

脇田1時間ぐらいで着くんだ、東京すごいなって思いました(笑)

「みんな歌で私のことを分かってくれてた」-Especia後の脇田もなり-

そこからさらにさかのぼりますが、Especiaが終わってからはどんなことを考えて過ごしてたんですか?のんびりしてたのか、焦ってたりしてたのか。

脇田焦りつつのんびりしてたというか(笑)何したらいいか分からないというか。家ではちょくちょく歌ってはいたんですけど…。その頃におじいちゃんが亡くなったんで五島(長崎県五島市:脇田もなりの出身地)に帰って何したいかなぁ?って考えたり。

その頃、もう一回歌うことは自分の中で何番目ぐらいにあった?

脇田正直に言うと3番目ぐらいでした。もう戻れないっていう気持ちになってて。芸能界に戻るなら違う形の方がいいのかな?って。私が帰ったところで誰も聴いてくれる人もいない…っていう気持ちになっていたので。

歌じゃなかったら…タレントとか?

脇田やるとしたら舞台とか役者とか?年齢的にももうアイドル系とかはできないし…とか。そういうことを考えたりはしましたね。

でも絶対戻ってくるとは思ってたけどね。

脇田ホントですか?

辞めるはずがないと思ってたもん。それがいつになるのかな?どういう形になるのかな?とは思ってたけど、Especiaを辞めた時もやる気は十分あるように見えましたよ。

脇田私の中でその順番が変わったのは、五島に帰った時に親戚から「歌やらないの?」ってすごく言われて。みんな私のことを歌で分かってるというか応援してくれてたので、もう一回歌で挑戦しようって思いました。

なるほど。

脇田それでも何段階かあって、ikkubaruさんのライブにシークレットゲストで出させてもらった時とかは本当に怖かったんですけど、その時に一人でもステージに立てるんだって気づかされたのと純粋に歌が楽しかったんです。それからVIVID SOUNDからも話をいただいたりして「あ、もう一回歌っていいってことなのかな?」って勝手に解釈して歌わせていただくことに決めました。

いきなりではなくちょっとずつ気持ちが向いていったんだ。

脇田そうです。

復活するまでの間に他にもお誘いもあったと思うんですが、VIVID SOUNDに決めた理由はなんだったんですか?

脇田ikkubaruのイベントでご挨拶した時に、親しいというか私のこと知ってくれてたんですかね?「もなりちゃんだ!」みたいな感じで楽しい雰囲気の事務所だなって思ってたんです。そうしたら一週間ぐらいして「よかったらウチで…」ってお話をいただいて「えぇっ!?こんな話あるの!?」って。歌にも自信がなくなっていたんで不安だったんですけど、親とか親戚とかに話したら「もうこんなチャンスないし、もう一回頑張ってみたら?」って背中を押してくれて「よし頑張ろう」って。で、一度お会いしたらすごくウェルカムな雰囲気というか、私の当時の状況にも「一緒に頑張ろう」って家族みたいな雰囲気で出迎えてくれて「私、ここだったらやれる」と思って決めました。

トークイベントのときも「みなさんが優しくしてくれる」って言って泣いてましたね。

脇田もう人間ってこんなに優しいんだ、って思いましたよ(笑)

まぁ、優しかったらいいって訳じゃないとは思いますけどね(笑)

脇田そうですね。

実際、Especiaでは大変なこともあったかもしれないですが、新木場スタジオコーストでワンマンライブまでやった訳じゃないですか。それを見て知ってる人たちは、ソロになってもいつかはそれ以上を、って求めちゃったりすると思います。僕にとってもEspeciaはまだ全然途中だと思ってたし…。

脇田最近色んなグループが解散していきますよね。

そうですね。でも、もなりちゃんもいつかはソロになるんだろうとは思ってたんですよ。Especiaがゴールではないんだろうなって。ただそれはEspeciaがもっと有名になってからだと思ってて…。

脇田私、グループの時に山田さんにもらったアドバイスが今の自分のためになってて。「もなりちゃんは歌には力があるけど、一人で全部歌うのはまだできないよね」みたいなことを言われて自分の中で「このままじゃいけない!」と思って、ボーカルを見つめ直したんですよ。

あら。いいこと言ってるじゃないですか(笑)

脇田ホントですよ!(笑)私そのとき自分がそれができないっていうのに初めて気付かされて。それからめっちゃ特訓しました。

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