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Kaho(ZOMBIE POWDER)

ZOMBIE POWDER Kaho インタビュー

ZOMBIE POWDERは、2017年7月にグループを結成し、都内を中心にライブ活動を行っているアイドルグループだ。2019年5月にはギュウ農フェス春のSPでメインステージへの争奪戦イベントに参加。ダークホースながら圧倒的なライブの盛り上がりでメインステージでの出演枠を勝ち取った経緯は、「ZOMBIE POWDERの奇跡」としてファンと関係者の中での語り草となっている。

そんなZOMBIE POWDERの中心メンバーであるKahoに単独のインタビューを行った。
地元宮崎で自由奔放な幼少期を過ごした彼女は、AKB48との出会いをきっかけにアイドルの道を歩み始める。
その後、宮崎でのローカルアイドルグループでのキャリアを経て、現在のZOMBIE POWDERに至っているが、今回彼女の話を聞く中で、宮崎時代のキャリアが彼女のアイドルとしての糧となり、また同時に現在の葛藤の種にもなっていることも明らかになった。

プロデューサーのGERU-C閣下すら知らなかったKahoの過去が次々明らかになっていくインタビュー。最後には2020年に向けたZOMBIE POWDERの新たな動きも発表されているファン必読の内容です。

ニワトリを捌く宮崎の自然児Kaho。ローカルアイドルMKM-ZEROでアイドルデビュー

――Kahoさんの出身はどちらですか?

Kaho出身は宮崎なんですけど、生まれたのは東京なんですよ。東京で生まれて1歳になる前に宮崎に行きました。

――それは、ご両親の都合で?

Kahoお父さんが宮崎で、お父さんの地元の方に行くことになったのでほぼ宮崎ですね。

――ライブの時は気づかなかったんですけど、宮崎の言葉がちょっと残ってますね。

Kaho残ってますね。直そうとしてないからっていうのもあると思うんですけど。

――宮崎はどの辺だったんですか。

Kaho都城です。

――都城は宮崎の中のどの辺りなんですか?

Kaho鹿児島の方に近いので言葉もどちらかって言ったら鹿児島弁に近いんですよ。「宮崎弁っていうよりは鹿児島弁だよね」ってよく言われます。

――子供の頃はどんなことをしてたんですか?

Kaho洞窟とか…

――洞窟?

Kaho家の近くに公園みたいなところがあって、そこに小学校の時に遊びによく行ってたんですよ。そこに板とかフェンスで塞がれてて、たぶん入っちゃいけないところなんですけど、そこに洞窟みたいなのがあって。

――公園っていうのはブランコとかがあったりする公園ですか?

Kahoそうです。その奥に空き地みたいになってるところがあって、そこに洞窟があったんです。先に進んでいくと水も流れてて、ナマズとかもいて、持って帰って怒られてました。そこに行ってよく遊んでました。あと、虫が好きなんですよ。虫はだいたいなんでも触れます。

――ホームページのプロフィールに書いてありましたね。

Kaho周りに男の子が多かったんですよ。お兄ちゃんがいるので、お兄ちゃんの友達とか。遊ぶのはお人形とかママゴトじゃなくて、裸足で半袖半ズボンで森に行くぞ!みたいな感じだったんです。

――あと鳥が捌ける、って閣下さん(GERU-C閣下。ZOMBIE POWDERプロデューサー)に聞いたんですが。

Kahoニワトリですね。

――なんでできるようになったんですか?

Kahoお父さんが仕事で地鶏とかを扱ってるので、まずお父さんができるんですよ。

――なるほど。

Kahoなので、お父さんが料理をしてる姿をよく見てたんです。で、私が小さい頃は作ってくれてたんですけど大きくなるにつれて、「自分でやれ」って言われるようになって、できるようになっただけなんですけど、その話をすると、「そんな人いないよ」って言われて。

――魚を三枚におろせる人は結構いますけど、トリを捌けるのは珍しいと思います。

Kahoでも、知ったら楽しいですよね。捌きながら「ここが美味しいんだよ」みたいな。

――宮崎には何歳ぐらいまでいたんですか?

Kaho宮崎にいたのは二十歳ぐらい?

――じゃあ小中高は全部宮崎で。

Kahoはい。

――話を聞いてると友達も多そうですが。

Kahoいや、あんまりいないです。

――アイドルさんに昔の友だちの話を聞くと、すごく人気者だったって人もいれば、特定の子とだけはすごく仲が良かったっていう人もいるんですが、Kahoさんはどちらでした?

Kahoどちらかと言うと後の方だったかな。田舎で芸能活動をしているってことが、他の人からしたら変に見えたみたいなんですよ。アイドルを始めたのは高校2年生ぐらいからなんですけど、小学校ぐらいからモデル事務所に入ってたので。後になってから「本当は仲良くしたかった」って言われたことがあるんですけど、その時は嫌だったみたいで、仲がいい子もたくさんはいなかったですね。

――子供の頃から芸能に興味があったんですか?

Kaho人前に出るのは嫌だったんですよ。学校とかでもいかに当てられないようにするかをすごく考えるタイプだっんたんですけど、友達にダンススクールみたいなのに誘われて。その時は興味なかったですけど、やったらすごく楽しかったんです。それをきっかけにテレビを見ててもダンス関連のものに興味が出始めて、追いかけていくうちにアイドルに興味が出てって感じです。

――親御さんはそのことについては何も言われなかったんですか?

Kaho全然言われなかったですね。これは最近聞いたんですけど、お父さんは元々俳優になりたかったみたいなんです。でも、自分はなれなかったし、少しでも興味があるんだったらやってみれば?って感じだったらしくて。オーディションの情報も親にもらってたぐらいでした。

――オーディションはどんなのを受けました?

Kahoめっちゃ色々受けました。モデル事務所とかも受けたことありますし、AKBさん関連はいくつ受けたんだろう?ってぐらい。あと私は世代的にご当地アイドルも盛り上がってたので、色々受けて最初に入ったのがMKM-ZEROですね。

――MKM-ZERO?

Kaho“もっとかわいい文化を宮崎にも作ろう”みたいなコンセプトで、もっと・かわいく・宮崎(MKM)ってグループがあったんですよ。そこに入ったんです。

――それは何歳の時に?

Kaho17歳くらいの時です。私の中でアイドルって7〜8人グループのイメージだったんですけど、入ってみたら50人ぐらいいたんですよ。ライブも「この日、入れる人ー?」「はーい。」っていうバイトのシフト制みたいな感じで。それでも宮崎を代表するアイドルグループみたいに言われてて。

――九州もローカルアイドルは盛り上がってましたからね。

Kahoで、その頃、ご当地アイドルのゲーム(Yahoo! Mobage「究極×シャッフル☆ロコドル大作戦」)があって、私がそのゲームに参加したら全国のご当地アイドルの中で2位になった時があって、それでビクターさんから「アイドル街道」ってCDを出したことがあるんです。

――それはMKM-ZEROもやりつつ?

Kahoそうです。

GERU-C閣下(以下、閣下)(ネット検索をして)ロコドル大作戦チームつなぎ女子?

Kahoそれです。衣装でつなぎだったんですよ。だからこのユニットで私のことを知ってくれてる人は、私がMKM-ZEROってことを知らないんですよね。WHY@DOLLさんとか、Jewel Kissさんとか、HRさんとか、pramoさんとか、全国のいろんなアイドルの子がいました。

――WHY@DOLLは、誰がいたんですか?

Kaho浦谷さんですね。(※)その時に初めてスタジオでレコーディングしたんですよ。だからずっとソワソワしてたのを覚えてます。(※当時はWHY@DOLLではなく、Snow*Dropとして参加)

――なるほど。

Kahoでも、CDは出したんですけど、会ったことないんですよ。この子たちと。

――え?グループでステージに立ってないんですか??

Kaho立つ予定だったんですけど、なくなっちゃったんです。みんなそれぞれ自分のグループがあるからスケジュールが合わないっていうのもあって。CDを出すだけで終わった幻のグループなんです。

――レコーディングの時も会わなかった?

Kaho会ってないです。で、その後に私がZOMBIE POWDERになってからほわどるさんと会うことがあったんですよ。私は、「あ、同じチームだった人だ…」って思うじゃないですか。たぶん向こうもそう思ったかもしれないけど、お互い時間が経ちすぎてたのもあって話し掛けられなくてっていう。

――面白い経歴ですねー。

Kahoで、その企画が終わった頃に、新木場スタジオコーストのアイドル横丁でメインステージにも出たんですけど、その時に、”これより上に行くのは難しいのかな?”っていうのも見えてきてMKMを辞めるんです。

――自分の目指しているものに、今の環境では…ということですか?

Kahoそうです。新木場で有名な人たちがやっているのを見たからこそ、辞めて違う場所に行けるなら行った方がいいのかな?って。その時はセンターだったし、地元でやるとすごく盛り上がるからやってて楽しいんですけど、年齢的にも18ぐらいだったし、さっき話した企画でも入賞もしたので、タイミング的には今かな?と思って卒業しました。

――でも、そこでローカルアイドルを辞めても、次のアテがあった訳じゃないですよね?上を目指すにしても大変だったんじゃないかと思うんですが。

Kahoその後もオーディションは受けてたんですけど、少しジャンルを変えようと思ったんです。次に入ったグループは事務所の社長が元グラビアアイドルをやってたんですね。私も、元々モデル事務所にもいたし、ウォーキングとかも活かせるかもしれないからそういう方がいいんじゃないかな?って。

――それは何ていうグループですか?

KahoMi-Yahってグループです。衣装とかも制服とかじゃなくて、E-girlsっぽいというかきれいな感じだったんですけど、社長に「やっぱ痩せてないとダメなの」って言われて、1年半ぐらいすごく厳しい生活をずっと送ってました。でも、実際それでみんなきれいになったし、自分がやりたいことはやれてたので、ちょっとずつ上がっていってる感じはしましたね。

――ネットに出てない話ばかりですごく面白いです。

Kaho今までも聞かれたら答えてましたけど、いっぱいありすぎてどこから話せばいいかも分からなくて。アイドルを初めてもうすぐ10年になるので、昔ってどこからが昔?みたいな(笑)

 

Kaho、自然児すぎて中学2年までMステを見ずに育つ。そしてAKB48との出会いを経て、努力と根性でMKM-ZEROのセンターへ

Kaho(ZOMBIE POWDER)

――AKB48が好きだと聞いていたので、その話もしてもらおうと思ったんですけど、いつ頃から好きになったんですか?

KahoAKB48さんを好きになったのは中学校2年生ぐらいなんですけど、それまであんまりテレビを見てなかったですよね。外で遊んでる方が多かったので。でも、周りの子から「あまりにも情報を知らなすぎて会話にならないからテレビを見ろ」って言われたんですよ。

――(笑)

Kahoお笑い芸人さんの話とか、ドラマの話とかに本当に入れなくて。それで中2の頃からテレビを見るようになって、そこで初めてMステを知ったんですよ。

――中2でMステですか(笑)

Kaho光ってる階段から人が降りてきたり、いい曲をやってるの「すごいなー」と思って見てたら、その中に神7の頃のAKB48さんが出てきたんですよ。その頃は私もダンスを習ってましたけど、地元で買った無地のシャツをみんなで揃えるぐらいだったので、キラキラした衣装で歌って踊ってるのを見て「かわいい!」って思ったですよ。マイクも光ってたし、「すごーい!!」って。で、最初はマネをしたり、見て楽しんでたんですけど、そのうちにテレビの中に入りたい、って思うようになったんですよ。向こう側の景色はもっとすごそうって。そこから「私、アイドルになりたい!」って急に熱くなって…

――それがMKM-ZEROにつながっていくと。

Kaho自分の地元にもそういうアイドルがいるんじゃないかと思ったんですよ。で、調べたらあったのでオーディションを受けたら受かったみたいな感じですね。

――それ以外は全然ダメだったんですか?

Kaho歌の審査までいかない感じですね。書類、ダンス、歌の順番だったと思うんですけど、ダンスでおしまいみたいな。でも、MKMに入って諦めたんですよ。MKMで頑張ろう、MKMでセンターになってやるぞ!って。なのに最初の半年ぐらいはめっちゃ適当にやってたんです。入ったことで満足しちゃって。でも、そんな感じで後ろの方にいても写真とか撮ってもらえたりするんですよ。ステージに出るだけでかわいいって言われたり、特に頑張ってないのに「良かったよ」って言われたりとか、何もしなくてもできるじゃんって思っちゃった時期があって。でも、段々と先輩たちが就職とかの理由で辞めていくと、何もしないままでもちょっとずつ前になるんですよね。で、その頃の動画を見たんですけど、私なんにもやってないんですよ。

――(笑)

Kahoそれが恥ずかしいと思うようになったのと、その頃初めてtwitterをやって、「2列目にいるクセに何もやってねー」とか、「かわいくない」とか、”叩かれる”ってこと知ったんですよ。それってヤバいじゃないですか。アイドルって言われてるのに、2列目にいるのにそんなことを言われるのって。だから少しずつでもできないとこともやり始めたんです。そしたらちょっとのことでもすごくファンの人が増えることを知ったんですよ。そうなるとそれが楽しくなってきて、センターの子は何をやってセンターにいるんだろう?って、その子の研究やマネが始まって。で、1年ぐらい経った時に2トップにまでなったんですよ。そうしたら今度は1番になりたくなって、家で毎日踊ってました。おばあちゃんの家にあったドア2個分ぐらいの鏡を持ってきて。それまでパジャマで練習してたのも、ちゃんと衣装に着替えてお化粧もして、ステージと同じに状態ででやるっていう練習を地道にやっていったら、あるタイミングで「じゃ次はかほが真ん中ね」って言われて、そこで初めてピラミッドの真ん中に立ったんですよ。でも、ちょっとでも気を抜くとセンターが2人になるんですよ。前はそれでも良かったけど、それじゃ嫌だっていうのが出てきて、絶対ここを守る、このグループの顔になるっていう気持ちでずっとそれをやってきた、って感じでした。

 

宮崎からの上京と理想のアイドル像とのギャップ。そしてZOMBIE POWDERでの苦悩と葛藤

Kaho(ZOMBIE POWDER)

宮崎時代の話を聞いていると、Kahoが充実したアイドル活動を送っていたことがヒシヒシと伝わってきた。その自信と経験を携えてKahoは上京することになるが、そこでKahoは東京のアイドルのレベルの高さと、東京のアイドルならではの実情を肌で感じることとなる。

――ネットで調べるとKahoさんの名前が出てき最初のグループは、R-Village Girlsだったんですけど、それは今までの話と重なってるんですか?

KahoMKMを辞めて、Mi-Yahに入って、それをやりつつ同時にR-Village Girlsに入ってるというか。だから間は空いてないですね。東京に来たタイミングもR-Village Girlsになったのと一緒なので。

――閣下さんと会ったのはいつ頃なんですか?

KahoR-Village Girlsに入った時に閣下はその事務所にいたので、会ってはいたんですけどほとんど喋ってなかったです。

閣下僕はそのときPhantom Voiceってグループをやってたので、「宮崎から3人ぐらい人がきたんだな」ぐらいの印象でした。

Kahoなので閣下のことはほとんど知らないままR-Village Girlsに入った感じですね。でも、その時はMKMやMi-Yahをやってきた自信や見てきた景色とかがあるじゃないですか。それが私の中でも大きかったんですよ。でも、福岡に行っただけでも多いなと思ってたアイドルグループが、東京ではさらにたくさんいて。上京して初めて出たイベントがクラブチッタ川崎でのイベントだったんですけど、楽屋の数もすごいし、廊下にもアイドルさんがいるし、まずそれに驚きました。で、ライブを見学させてもらったらスキルがみんな高い。そこで初めて東京のアイドルの世界を見たんですよね。だからこのままじゃダメだなって思いました。

――その中でショックを受けたグループとかはいましたか?

Kaho私の中では閣下がやってたPhantom Voiceがすごいと思いました。私のアイドルはAKB48さんから始まってるんで、アイドルは、かわいい服を着て、かわいい歌を歌うものだと思ってたんですよ。でも、Phantom Voiceを見て「かっこいい!」って初めて思ったんです。で、そこからかわいいもかっこいいもできたらいいなって思うようになったんです。

――で、その後にZOMBIE POWDERに入るんですよね。その前にPhantom Voiceでもちょっとだけ活動してたんでしたっけ?

Kaho3ヶ月ぐらいですね。

――そこからZOMBIE POWDERになって2年と少しですか?

Kahoそうですね。

――東京に出てきてからのアイドル生活はどうですか?

Kahoんー。これをすれば正解というのはないとは思ってるんですけど、前は制服を着てて、かわいい曲で、ミックスが打てる、の3つが揃えばちょっと人気が出るみたいなものがあったと思うんですよ。でも、今それをしたからといって人気になれる訳でもないし、あと物販があることによってお客さんとの距離感がちょっと分からなくなってくるというか。

――でも、宮崎の時も物販はあったんですよね?

Kahoありました。

――それとは違いがあるんですか?

Kaho昔のグループの時はライブ本数が少なかったんですよ。だから、お客さんと会える回数も少ないじゃないですか。でも、今は平日でもライブがあって物販の回数もそれだけ多くなって、いつでも会える感じになってる部分があるから、「ひさしぶりー」とかいう会話は減るじゃないか。これ、なんて説明したらいいんだろう…

――Kahoさんにとってのアイドルは、ステージやテレビの”向こう側”にいる存在って感じなんですかね。

Kahoそうです。手の届かない存在みたいな感覚が昔はあったんですよ。けど、やっぱり毎日のようにライブや物販をやってると、そういう感覚は減るというか、「今日行けなかったけど、明日行くわー」みたいな。そういう会話になってくるんですよね。

――それは自分の理想とするアイドル像とは違うってことですか?

Kahoそうですね。

――ちなみにKahoさんがそういうことを考えるようになったのはいつ頃からですか?

KahoZOMBIE POWDERに入ってからです。

――それ以前は、そういうことを考えることはなかった?

Kahoそれまでは周りに考えてくれる人がいたというか。言われたことをちゃんとやらなきゃって感じだったので、そんなに悩んでなかったんですよ。でも、ZOMBIE POWDERでは私が年上の方にもなるし、キャリアも長いし、人気も出ない状況が続けば続くほど色々考えるじゃないですか。

――じゃあ何かショックな出来事がきっかけで、という訳ではないんですね。

Kahoそういうことではなくて…でも、歌もダンスも褒められることも多いのに結果的にライブに来てくれるファンが増えないっていう事自体がショックではありますね。

――その悩みは他の地下アイドルも抱えてると思うんですけど、そういうことに対して諦めちゃったり、未来のことを想像できなくなったりしてないかな?って思うんですが。

KahoZOMBIE POWDERに関しては、今は中の状況的なこともあるんですよね。メンバーも1人活動休止中だし、私もノドを壊したし、もう1人の最年少の子もノドの調子が悪かったり。正直に言ったら不安しかないし、先は真っ暗みたいなのはありますけど、でも一緒にやってくれてる人たちがやっぱりすごいんですよね。曲もいいって言ってもらえるし、私たちもZOMBIE POWDERの曲がめっちゃ好きなんですよ。だから諦めるっていう気持ちはないです。諦めそうになって泣いてることはしょっちゅうあるので、それは否定できないですけど(笑)

 

ギュウ農フェスのメインステージ出演で蘇ったかつての景色。現実を受け入れてZOMBIE POWDERは2020年へ

Kaho(ZOMBIE POWDER)

――今のZOMBIE POWDERにとってライバル的なグループっていますか?

Kaho特定のグループではなくて、私はその日その時のライブで一番イベントを盛り上げたグループを意識しますね。グループそれぞれにコンセプトが違うので、イベントの趣旨と合わないこともあるじゃないですか。それはもちろんZOMBIE POWDERにもあるので、だからこそその時のライブでフロアのお客さんを湧かせてるのを見ると、このグループはすごいなって思ったりします。

――ギュウ農フェスをきっかけにめろん畑a go goと比較されることも増えたと思うんですが。

Kahoめろんさんは楽屋も一緒になることが多いんですけど、ライブに対する意識が強いし、それぞれ一人一人が何か自分の役割を100%でやっていう気持ちがすごい出てる感じがします。アイドルの楽屋って、わちゃわちゃ楽しい感じのをよく見るんですけど、めろん畑a go goさんは一人々々がその自分の今日やるやるべきことを練習してる姿をよく見るんですよね。ZOMBIE POWDERもやってるんですけど、そういうのを見るとまだまだ頑張らなきゃなって思います。

――ただ、今年のギュウ農フェスのメインステージ争奪戦では、そのめろん畑a go goも破って、メインステージを獲得したじゃないですか。その時のZOMBIE POWDERはどんな感じだったんでしょう?

Kaho段階を踏んで争奪戦に向かっているっていうのをお客さんに理解してもらえたのが一番だったなのかなって思います。ギュウ農フェスにどれだけ懸けてたかがファンに伝わったというか。干し芋配りから始まって…

――干し芋配り?

閣下ライブ出演がないのにギュウ農フェスに干し芋配り係だけで参加させてもらったんですよ。

――それはいつ頃ですか?

Kaho1年ぐらい前だと思います。配ってたら”芋のおねえちゃん”って呼ばれたりして。

――お客さんに?

Kahoそうですね。まあそう呼ばれるのは良かったんですけど、「ZOMBIE POWDERってグループなんです」ってフライヤーを一緒に渡したりしてて。そういう話を物販やtwitterを通してファンの人たちに話す機会を増やしたんです。その想いがやっと伝わったから、争奪戦でのあの盛り上がりになったのかな?って思います。

閣下ギュウ農フェスは、去年の春のSPでテントステージに出させてもらった時に、ZOMBIE POWDERの前がuijinさんだったんです。で、uijinさんのライブが終わったら2/3ぐらいのお客さんが出て行っちゃったんですよね。

Kahoその時は映像も撮ってたんですけど、私たちのSEが始まった瞬間にお客さんがいなくなるのを見て、閣下が「え?」って言ってる声も入ってるっていう(笑)

閣下あの屈辱は大きかったと思いますね。

――テントステージは、お客さんの出入りが特に分かりやすいですからね。

閣下なんでZOMBIE POWDERがギュウ農フェスにこだわってるかをお客さんがあまり分かってなかったんだと思うんですよね。

――それはZOMBIE POWDERのファンが、普段ギュウ農フェスに来たりする人じゃなかったから?

Kahoそうです。そうです。だから「なんでギュウ農ばっかり行くの?」って思われてたみたいです。

――実際にスタジオコーストのメインステージに立ってみてどうでしたか?

Kaho立てたことは嬉しかったですけど、心から良かったって気持ちにはならなくて。ライブ中も前の方だけの盛り上がりしかないし、私たちがどれだけ”声出せー!”って言っても何も変わらない人もいるんですよ。それがもうめちゃくちゃ悔しくて。やっぱりあの新木場スタジオコースト全てを盛り上げられて初めて、出て良かったと思えるというか、そうなるまでまだ頑張んなきゃいけないんだなって思いました。もうSEで出た瞬間からそれを思ってました。

閣下そうなんだ。

Kaho特に私はMKMの時にもスタジオコーストのメインステージに立っていて、パンパンのお客さんが全員がサークルで回ってるのを見てるんですよ。もちろん今とは年齢も違うし、ジャンルも違うし、イベントも違うけど、でも場所は同じだし、その光景を一回見ちゃってるので、今のZOMBIE POWDERではこれが現実なんだなっていうのも感じました。

――なるほど。では最後に、2020年のZOMBIE POWDERについて考えてることを聞かせてもらえますか?

Kahoベストの状態が100だとするなら、今は60とか70の状況なので、まずは100に戻すことが目の前にある目標ですね。

閣下Kahoも言ってましたけど、今はグループの体制を状態を正常なところに戻すっていうのがまず僕の役目かなって思ってます。あと、これはここで初めて言うことなんですけど、ある作家さんにZOMBIE POWDERでこういうことをやれないか?っていう新しい動きをしていて。それを春ぐらいまでに形にして、2020年のZOMBIE POWDERはこれだぜ!っていうのを示したいと思ってます。

 


リンク
ZOMBIE POWDER オフィシャルサイト zombiepowder.jp/
ZOMBIE POWDER オフィシャルtwitter twitter.com/ZomPow_official
Kaho twitter twitter.com/RUNRUN_EKUBO

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