IDOL CROSSING

「口パクは悪なのか」──生歌が正しい…とは限らない?

口元は動いているのに、会場に響いているのは録音された歌声——いわゆる「口パク」。


ポッドキャスト「まいにちアイドル第四会議室」でひでっきーがこの口パクの是非をテーマに話しました。ただし、話は「良いか悪いか」の二択には向かいません。この回で語られたのは、その手前にある「ライブをどう成立させるか」という問いです。

口パクが珍しくなかった時代

ひでっきーが本格的にアイドルを追いかけ始めたのは15、6年前。配信によれば、当時のライブ現場では、口パクや、被せ(歌声入りの音源を流し、その上に生の歌声を重ねる手法)は今よりもずっと身近で、「わりかし当たり前」と振り返るほど、かなり普通に見られたといいます。
それがいまでは目に見えて減り、むしろ「生歌でやるのが正しい」という価値観すらあるように見える——両方の時代を見てきたうえで、ひでっきーが思っているのは、口パクだからダメとは思っていない、ということでした。

ライブをどう成立させるか

出発点にあるのは、アイドルという存在の捉え方です。アイドルの多くは歌のうまさだけを望まれているわけではありません。うまいに越したことはないけれど、下手だからといってその人の存在が否定されるとは限らない——そう前置きしたうえで、だからこそライブという興行を成立させる手段として、口パクは妥当な選択肢になり得る、というのがこの回のテーマ。

そのうえで指摘されるのが、「生歌が正しい」という空気とのミスマッチです。生歌にこだわった結果、かえってライブが観客に届かなくなる場面もあるのではないか——配信ではかなり率直な言い回しで、そんな光景に触れています。ファンは、歌以外の部分でメンバーの魅力をすでに十分に受け取っている。だからファンにとってはそれでいい。けれど、たまたまその場に居合わせた初見の人や、別のアイドルのファンには、そのステージはどう届いているのか。配信で使われたのは「マイナスプロモーションとなる可能性」。ひでっきーが重視していたのは「それがライブとして成立しているのか否か?」でした。

週3〜4本のライブという現実に口パクは妥当な選択肢?

配信の後半で語られたのは、長く現場を見てきた人ならではの記憶です。最初は口パクや被せが当たり前だったグループが、あるタイミングで生歌に切り替える——ひでっきーはそんな変化を「山ほど」見てきたといいます。被せで聴き込んだ音のほうが耳に馴染んでいて、生歌に変わった瞬間には「確かに変わったな」と感じる。それでも、昔の方が良かったとはあまり思わない。切り替えに至るまでの期間も含めて、成長のひとつの形として見てきた、という整理です。

もうひとつ挙げられたのが、活動量という現実です。週に3本、4本のライブが、1ヶ月、半年、1年と続いていく。多くのグループがそうした活動スタイルをとるなかで、喉と身体への負荷は軽くなく、トレーニングに十分な時間を割くことも難しい。その負担を軽減する選択肢としても、口パクや被せは妥当な選択肢のひとつではないか、と配信では語られています。

「生歌だからいい」という訳ではない

補足しておくと、この回は生歌を否定する話ではありません。生歌への切り替えを変化として感じ取ってきたこと自体が、生歌の持つ力の証明でもあります。ひでっきーが引っかかっているのは、「トレンドがそうだから生歌でやる」という順序のほうで、配信では、別の見方もあるのではないか、という趣旨で疑問を投げかけていました。
口パクか、生歌か。どちらか一方を正解にするのではなく、その手前にある「このライブを、誰に、どう届けて、どう成立させるか」から考える。そこから見たとき、この回の着地——使い分けがあっていい——は、ずいぶん実践的な答えに聞こえてこないでしょうか。

まいにちアイドル第四会議室」は、ひでっきーがアイドルにまつわるいろんなことを毎日配信するポッドキャストです。

用語メモ 口パク: 録音された歌声を流し、実際には歌わずに口の動きを合わせるパフォーマンス。 被せ: 歌声入りの音源を流しながら、その上に生の歌声を重ねる手法。[要確認1] 生歌: 音源の歌声に頼らず、その場で歌うこと。