「責任が取れない」と断ってきた松井Pが、いまKIKOを始めた理由
――そんな5人が集まったKIKOなんですが、松井さんはなんでアイドルグループをやろうと思ったんですか?
松井P:私はアイドルを辞めて、2020年に解散してるんで、5年ぐらい経ってるんですけど。卒業後に振付の仕事もしてたので、いろんなところから「プロデュースとかしないんですか?」って言われてたんです。でも、自分がアイドルだったからこそ、学業も犠牲にしてきましたし、みんなが楽しんでることを楽しめない生活をしてきたので。若い子たちの責任を取るというか、その子たちの人生を背負うっていう部分が、できなくて断ってきてたんですね。
でも、振付で関わってるアイドルを見て、「この子たちってもっとこうやってやったら幸せになるんじゃないかな」とか、「こうやって私が言ってあげれば、ステージも良くなってうまくいくのにな」っていう部分もちょくちょくあって。でも、振付師という立場だから言えないけど、もう少しこうしてあげられたら、っていうところがすごく多くて。実際にやっぱり辞めちゃう子とかも「奈々さんやんないんですか?」って言ってくれたりしてたから、迷いはありつつずっときてて。
となった時に、子どもが生まれたのをきっかけに、すごい自分のキャパが大きく感じたんですね。人のことを責任取れるっていう自信がずっとなくて、自分中心だったからずっと生活も。だけど子どもが生まれたのをきっかけに、「私、キャパ広がって他の子たちの面倒も見れる」って急に思っちゃって。なぜか。
――自信みたいなものですか?
松井P:「子を育てられてるってことは……」って(笑)今まで自分って何もできないと思ってたことが、この世に子どもを産み落としたことによって、「できるかもしれない」みたいな自信がついて。それをきっかけに「面倒見れる」って思ったんですよ。自分がグループを作るってなった時のメンバーの責任を取れる、って思った時に動くしかないと思って、サカイさんに「私やりたいです」って言ったのが本当にきっかけです。
――そうなんですね。僕はサカイさんの方から言ってた話なんだと思ってました。
松井P:でもずっと言われてました。「やらないの? やらないの?」って。ハシャゲジャパン(所属事務所)でバックアップできるよって。でも、本当にその責任が取れないって思ってたので「やらない」って何年も続けてきた私が急に「やります」ってある日言った、みたいな感じです。
KIKOはなぜ「かわいい」ではなく「自分史上、最高の自分」を掲げたのか
――松井さんの中でKIKOのコンセプトはどうやって作られていったんですか?
松井P:もともと私、普通のアイドルも好きで、ザ・王道の。で、それこそWACKさんみたいなロックでがむしゃら系も好きで。「どっちに行こうかな」っていうのはあったんですよ。でも、私の芯が通ってないとブレるなと思って。「かわいい」って今もう溢れてるし、そこに勝てる自信は本当にない…と思ったら、本当に自分の芯が通ってる、自分がしっかり理解してるコンセプトにしないと、取ってつけたようなプロデューサーになってしまうと思って。自分に筋がちゃんと通ってるコンセプトをつけて、やりたい内容を入れていった感じです。
――それが、「自分史上、最高の自分であれ」。
松井P:そうです。私って、すごい落ち込むこととかなくて。今までの人生でも「あの時きつかったな」とかって本当にないんですよ。思い返すと、その時その時、毎回自分が一番最高だなと思って生きてきてる人生なんですね。で、私ってすごい運があると思って生きてるんですよ。運がある運があるって思ってるから、ちょっと悪いことがあっても気にならなかったり、一度下がっても次は上がっていけると思うタイプなんです。
でも、そういう風に考えられない人も多くて。そういう人には「私たちとこの時間を最高にしていこうぜ!」っていうアプローチもできるし、最初からそれを共感してもらえる人には「今私たちが一番かわいくて強いんだぞ、今ここが自分史上、最高の時間なんだ!」って言えると思って、このコンセプトにしました。
――だいぶ伝わった気がします。今の話を聞いてみてメンバーさんはどうでしたか?
ルリ:松井さんが話してた「運がいいと思ってる人」と「思ってない人」のどっちにも刺さるみたいなコンセプトにしたっていうのは知らなかったので私も今理解が深まりました。

